女装小説「黒いパンプス」

女装小説  女装をテーマにしたお話(フィクション&R18)を書いています。       Since 2006.11.18.

読書する少年(2)

「で、ケイちゃんのお姉さんって、わたしと同じぐらいなのかな?」
「二十八歳…… になるのかな? もうじき……」
「じゃ、わたしよりひとつ下だね」

 公園からすこし歩いたところにあるホテルのティールーム。わたしたちは窓際のテーブルに向かい合ってすわっていた。ホテルと言っても、そんなにたいしたものじゃない。ビジネス客がターゲットのリーズナブルなホテルだ。ただ、駅に近くて人通りの多い道路に面しているので、ティールームは結構繁盛している。決して、泊まり客の朝食用だけのお店ではない。わたしは、遠慮する彼をなかばむりやりお茶しに引っ張ってきたのだ。年上女の押しの強さで…… そして公園からこのホテルに向かう道々、わたしは彼のちょっとしたカミングアウトストーリーを聞いていた。

「小学生の時なの?」
「うん。六年生の時」
 歩きながら、彼はこくりと可愛いしぐさでうなずいた。彼が六年生だとしたらそのお姉さんは二十一歳ぐらいだったはずだ。彼のお姉さんは、彼があまりに可愛い顔をしているのと、ほっそり華奢な体格なので、彼を女装させて遊んでいたんだそうだ。初めてお姉さんに女装させられたのが、小学校六年生の時だったというのだ。
 二十一歳の姉と、小学校六年生の美形の弟。
 彼のお姉さんならきっと美人だろう。弟である彼、ケイちゃんも綺麗なお姉さんが好きだったし、自慢でもあったと思う。体もまだ、成長しきっていなかったから、お姉さんの服が丁度良かったんだろうな。わたしが大学生の時に、いまわたしの横にいるケイちゃんみたいな可愛い弟がいてたら、わたしもきっと、(この子が女装したら可愛いだろうな)ぐらいのことは考えたと思う。実際、小学校六年生の時のケイちゃんは、とても可愛かっただろうと思う。だって、十八歳の今でもこんなに女の子みたいに可愛いんだから……

「恥ずかしくなかった?」
 わたしは彼に聞いてみた。彼は首を振りながら言った。
「スカートはいて女装したのは、その時が初めてだったんだけど、三年生ぐらいのころからお姉さんとストッキングなんか共用してたから、あんまり抵抗なかったんですよ……」
「へえ? 小学校三年生の男の子がお姉さんとストッキング共用してたの? ちょっとちょっと、女の子でも小学校三年生でストッキングなんか穿いたりしないでしょうに!」
「最初は冬の防寒用だったんです。僕がズボン下穿くのを格好悪いから嫌がってたら、お姉さんがパンストなら穿いてるように見えないし、暖かいからいいって言って、それでお母さんも公認で三年生の頃からパンスト穿いてたんです」
「あらまあ」
 なんと母と姉公認で、小学校三年生の男の子がパンストを常用していたなんて。いろんな家庭があるもんだわ。
「そのうち夏も穿くようになって……」
「夏にもパンスト穿くの?」
 わたしは穿かない。絶対に。会社勤めをしていた頃は、それが制服みたいなものだったから、何も考えずに穿いていたけれど、フリーランスになった今、よほどのことがない限りパンストなんか穿かないし、スカートすら穿かないで過ごしている。いや、下着一枚で居ると言うんじゃなくて、パンツをはくということよ。いえ、本当のこというと下着だけで過ごすこともあります、はい……
「汗かくじゃないですか、そしたら脚がべとついて気持ち悪いんだけど、パンスト穿いてたらそんなべとつきがないでしょう?」
「でも、暑いじゃない!」
「穿いてしまったらそうでもないですよ」
「そうかなあ」
「それに、短パンだし」
「ああ、そうねえ」
 パンストを穿くと言っても、短パンならそんなに暑くないかも知れない。スカートの中に風が吹き込んでくる感覚なんて、とっくの昔に忘れていたわ。わたしなんか、年中パンツで居るようなものだから、パンスト穿くと言ったら、イコール「熱い」とか「無駄」とか「誰のためによ!」とか思ってしまう。でも、OLだった頃は、夏にスカートにパンストで居て、風が吹いてきたときは…… うん、嬉しかったわ、そう言えば。彼は、スカートこそ穿いていないけれど、脚はしっかり露出しているから、それほど暑くないのね、きっと。今の彼の服装は小学生の頃からの定番ファッションなんだ。どうりで、自然に見えるわけだ。
「学校にもパンスト穿いて行ってたの?」
「お母さんが、よっぽど寒い冬の間はいいけど、暖かいときは学校に穿いて行っちゃダメだって」
「でしょうよね〜」
「でも、家では穿いてたんですよ」
「学校から帰ってきて、服を着替えるときにパンストも穿くわけ?」
「毎日じゃなかったけど……」

 まあ、そんなわけで、彼としてはパンストを穿き始めたのがあまりに早かったので、パンストを穿くのにはほとんど抵抗がなかったそうだ。ただ、長じるにつれて、それが男の子としてはすごくイレギュラーなことなのだと悟るようになった。でも、自分はそれまできわめて自然にパンストを穿いて来たから、(変だから止めよう)なんて考えたこともなく、きょうまで生きてきたというわけだ。
「だから、きょうのこの格好も、僕にとっては女装じゃないんです。これくらいは」
「って言っても、そのタンクトップだって女物でしょ?」
「あ、これはお姉さんがくれたんですよね」
 脇ぐりの浅い、ぴったりとした女物のタンクトップ。むき出しの腕は、色も白くて線が柔らかい。腰のラインもほっそりとしているし、並んで歩いてみると彼の身長はわたしと大して変わらない。百六十センチぐらいだろうと思う。服のサイズはレディスでまったく問題なさそうに見える。そこまで打ち明けられると、聞きにくいことも聞いてしまうのが人情というもの。
「ねえ、君こういう格好しているとき下着はどっちなのよ?」
「……」
 彼はすこしとまどったように見えた。そして言った。
「レディスの…… です……」
「そうよねえ、それでパンツだけブリーフとかトランクスじゃアンバランスだものねえ」
 何色? どんな柄なの? レースはついてるのかな? フリルは? そんな質問が当然のように頭に浮かんだけど、やっとの思いで喉の手前で止めた。そうして、わたしたちはこのビジネスホテル「ステーション」のティールームに腰を落ち着けたという次第だ。

 わたしの向かいで、彼はアイスティーを飲んでいる。膝を揃えて、脚は軽く横に流して。女の仕草がすっかり身に付いているように見える。わたしは、言葉を続けた。
「お姉さんとはいま別れて住んでるの?」
「お姉さん結婚しちゃったから」
「あ、そ、そ、そうね、そんな年頃よね」
 そうだよ。彼のお姉さんはわたしよりひとつ年下。いまじゃ、三十歳で独身の女だって珍しくはないとは思うけれど、やっぱり早めに誰かと落ち着きたいのは、多くの女の願いだろう。わたしはちょっと慌ててしまった。
「わたしは、まあ、そのまだ、独身なんだけどさあ」
 言わなくてもいいことを言っている。馬っ鹿じゃなかろうか。
「でも、ひろみさんって僕のお姉さんよりずっと若く見えますよ」
 すこし救われる、お世辞なんだろうけど。
「お姉さん、いつ結婚したの?」
 なかなか結婚の話題から離れられないわたし。
「二年前。僕が高校二年になったばかりの頃」
「そうなの、寂しいね」
「……」
 彼は答えずに首をかしげた。
「いまもよく会ってるの?」
「家は札幌なんです。お姉さんは、地元の札幌の人と結婚したから、僕が高校を出るまでは時々会ってたけど、大学に入ってからは会えなくなって…… ちょっと寂しい…… かな?」
 女の子のような仕草で座っている彼は、「寂しい」と言ったときすこし涙ぐんだようにも見えた。それを見て、(ああ、本当は寂しくてたまらないのね)と思った。こんな綺麗で可愛い弟に慕われるなんて、ケイちゃんのお姉さんが羨ましいなと思うと同時に、何だかケイちゃんが可愛そうになってきてしまった。それと共に、彼とそのお姉さんとのつながりについて興味をもってしまった。彼を女装させていたとき、彼のお姉さんはどんなことを言い、どんなことを……
「ねえ、君」
 わたしは、声の調子を明るくして言ってみた。
「よかったら、わたしがお姉さんになったげようか?」
 振られたら、格好悪いぞ! と思いながら彼の返事を待った。彼はすぐに返事を寄越した。頬に赤みを差して微笑みを返すことで。
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西方万里

Author:西方万里
女装小説シリーズ「ダイアナ・スマイルズ・スクール」を連載中です。また、これからは、シリーズ以外の作品も随時アップしますので、よろしく!


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